(スピリチュアリズムに基づいた自死遺族の方専用掲示板)
日誌
こんなことを考えています
・亡くなった息子が生まれ変わり、私もいつか亡くなり、生まれ変わり、の繰り返しの中で、もう一度息子が自分と再会する可能性はゼロとは言えない。それは、数年後に近親としてまみえるのか、数百年数千年後に家族として一緒になるのかは分からないが。
(前提となる生まれ変わり、そして再会の可能性は、このサイトの「次を生きる」メニューの客観的事実と思われる書籍・情報でほぼ確かだと私には思われる。このキモたる生まれ変わり、再会のしくみ、構造は今後とも更に探究していくつもりです。オカルトティック、怪しいハナシにならないように、客観的事実のみの積み重ねで探究を続けていくつもりです。)
・今度、息子とまみえたら、一千億倍幸せにしてあげる。
・いつまみえてもいいように、一千億倍幸せにしてあげる力を自分に、つけておく。
・そのためにも、まずは、現在の残された家族、周りの人を一千億倍幸せにしておく。
この考えは、飛躍しすぎであろうか?
しかしながら、息子の死を現在に生かし、息子の喪失感を抱えながらも、現在を前向きに生きていくことにつながる考え方ではないかと思っています。
このように考えると、いつまでも悲しみの世界にうずくまっていることはできなくなります。
そして、それが息子が望んでいる遺されたものの態度の取り方だと思っています。
息子の死に直面した時の態度のふるまいについて、一考に値するのではないかと思っています。
(前提となる生まれ変わり、そして再会の可能性は、このサイトの「次を生きる」メニューの客観的事実と思われる書籍・情報でほぼ確かだと私には思われる。このキモたる生まれ変わり、再会のしくみ、構造は今後とも更に探究していくつもりです。オカルトティック、怪しいハナシにならないように、客観的事実のみの積み重ねで探究を続けていくつもりです。)
・今度、息子とまみえたら、一千億倍幸せにしてあげる。
・いつまみえてもいいように、一千億倍幸せにしてあげる力を自分に、つけておく。
・そのためにも、まずは、現在の残された家族、周りの人を一千億倍幸せにしておく。
この考えは、飛躍しすぎであろうか?
しかしながら、息子の死を現在に生かし、息子の喪失感を抱えながらも、現在を前向きに生きていくことにつながる考え方ではないかと思っています。
このように考えると、いつまでも悲しみの世界にうずくまっていることはできなくなります。
そして、それが息子が望んでいる遺されたものの態度の取り方だと思っています。
息子の死に直面した時の態度のふるまいについて、一考に値するのではないかと思っています。