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管理者の日誌

息子と会うこと

息子が亡くなった。
ことに、悲しむ、後悔は尽きない、そんな時間がずーーと続く、暗い、屍のような一生。
って選択することはできる。
が、違う選択もある。

息子を亡くしたことは、大きな過ち。過ちの次はそれを乗り越えてエネルギーの満ちた人生を再開する選択。
古今東西これが過ちのあとの行動の常識。
これを自分は選ぶ。

あいつのエネルギーは自分とともにある。
そんなあいつとコンタクトをとる。
悲しむ、後悔するのはもうおそらく充分。
悲しんでいる暇があったら、あいつとコンタクトをとる努力をせよ。

最終的には私が息子とコンタクトをとることが大きな自分の人生の目的。
の気持ちはつのる。

で、どうするのか。
その過程で注意すべきことは自分自身の精神が混乱させられ病んでいかないようにすること。
ヨガや禅の修業でその危険性は指摘されている。
その防止策は信頼できる指導者のもとに研鑽することらしい。
クンタリー・ヨガ道場で信頼できる指導者のもとに研鑽し、その過程で息子とコンタクトをとること。
大きな自分の人生の目的。となっている。

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