(スピリチュアリズムに基づいた自死遺族の方専用掲示板)
管理者の日誌
「神との対話」ニール・ドナルド・ウォルシュ著
神との対話、から、インスピレーションを受けます。
死に関する考え方は、違和感もありますが、子供をなくした者からすれば、立ち直れるキッカケになるかと思います。
ーーーーーーーーーーーーー
魂が身体を捨てて自由になり、べつの探求の旅に出るときがきた、と決意したら、身体が何をしても決意をひるがえすことはできない。精神が何を考えても、変えることはできない。
ーーーーーーーーーーーーー
ヒトラーが犯した過ちは、彼が死にいたらしめた人びとをなんら害することも、侵すこともなかった。あの人びとの魂は、地上の束縛から解放された。さなぎから 蝶 が解放されるようにね。 残された人びとが彼らの死を 悼むのは、彼らの魂がどんな喜びへと分け入ったかを知らないからだ。死を経験したら 誰も死を悼んだりはしないよ。 彼らは時ならぬ死をとげたのだから「間違っている」とあなたは言うが、それは、宇宙では起こるべきでないことが起こりうると言っているのと同じだ。だが、わたしが何者で、どのような存在であるかを考えれば、それは不可能だよ。宇宙で起こることはすべて、完璧に起こるべくして起こっている。神はずいぶん長いあいだ、過ちを犯してはいないのだ。すべてに完璧さを見るなら──あなたが賛成できることばかりでなく、(とりわけ)賛成できないことでも完璧だと考えるなら──悟りを開いたことになる。
「神との対話」ニール・ドナルド・ウォルシュ著 2
「神との対話」から多くのインスピレーションを得ている気がします。
「神との対話」は、思想書として読んでもいいと思います。
述べていることが、自分にとり納得できるか、生きていく上で、役に立つか、の判断で、取り入れるか、否かを決めればいいと思います。
まずは、自分を整えるために、「神との対話」風に考えるに、「今、自分は喜びに満ち溢れている、と、思うこと、思い、実際そういう状況と実感すること、」
息子がなくなっていたとしても、、
そうすると、息子がなくなったこととも、向き合える、、
息子なりに、精一杯生き、亡くなった、、私に、「神との対話」のような世界を知らしめる使命を帯びていたんだろう、なぜなら、そうなっているから、、
と、私の場合は、向き合える気がする、、
「神との対話」ニール・ドナルド・ウォルシュ著
新しい人生観としての候補の一つ、
「神との対話」がいいかもしれません。
想いは実現する。
現在、自分は喜びに満ち溢れている。
と、想えば、そのとおりになる、なっている。
息子を亡くそうとも、まずは、そう想う。
その観点から、すべて、見え方が変わる。
息子が亡くなったことも、、
禁煙しよう、ではなく、現在、もう禁煙している、と想えば、その思いを起点にして、すべてが動き始める。
タバコ吸おうと思っても、あれ、もう禁煙しているのに、おかしな考えをやめよう、、、
現在、自分は喜びに満ち溢れている。
と、想うことと、同じ。
新しい人生観が必要
子供がなくなる。
尋常でない状況。
それに対応できる新たな人生観を作らねばならない。
新たな人生観。
それは視野を広げること。
コロンブスが新大陸を発見したように新人生観を発見しなくてはいけない。
生まれ、死ぬ、終わり。
から
生まれ、死ぬ、死後の世界、そして、また生まれる、の繰り返しの人生観を新たに発見しなくてはいけない。
生きる術 または D・カーネギー著「道は開ける」
D・カーネギー著「道は開ける」
には、失敗したとき、落ち込んでしまった時の、身の振り方、対処の仕方が書いてある。
亡くなった者に対しての、実際の対処の仕方にも、役に立つ書籍だと思う。