(スピリチュアリズムに基づいた自死遺族の方専用掲示板)
日誌
管理者の日誌
今日はこんな感じでした
-しごとの合間に息子と会話してます。
もう春だね。
お前の就職した時期が近づいてきたね。・・・
なんか悲しくなるね。・・・
-しごとの合間に息子とよく話します。
帰りの自家用車の中で、叫んでました。
オレのオオバカヤローー!!
そして息子の名前を大声で叫びます。
何も変わりません。
息子の死は親を生きるしかばねにする衝撃だとつくづく感じます。
でも、その状態を続けることはいいとは思わない。
例の、生まれ変わったら・・・・・。で前向きになろうとしています。
息子が亡くなってから、生まれ変わりまでの道筋を理解、実感しない限り、この気持ちは晴れないのだろうナ。
そこに到達するまでは、何をしていても、何に対してもホントにはエネルギーが湧かない気がしています。
もう春だね。
お前の就職した時期が近づいてきたね。・・・
なんか悲しくなるね。・・・
-しごとの合間に息子とよく話します。
帰りの自家用車の中で、叫んでました。
オレのオオバカヤローー!!
そして息子の名前を大声で叫びます。
何も変わりません。
息子の死は親を生きるしかばねにする衝撃だとつくづく感じます。
でも、その状態を続けることはいいとは思わない。
例の、生まれ変わったら・・・・・。で前向きになろうとしています。
息子が亡くなってから、生まれ変わりまでの道筋を理解、実感しない限り、この気持ちは晴れないのだろうナ。
そこに到達するまでは、何をしていても、何に対してもホントにはエネルギーが湧かない気がしています。
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こんなことを考えています
・亡くなった息子が生まれ変わり、私もいつか亡くなり、生まれ変わり、の繰り返しの中で、もう一度息子が自分と再会する可能性はゼロとは言えない。それは、数年後に近親としてまみえるのか、数百年数千年後に家族として一緒になるのかは分からないが。
(前提となる生まれ変わり、そして再会の可能性は、このサイトの「次を生きる」メニューの客観的事実と思われる書籍・情報でほぼ確かだと私には思われる。このキモたる生まれ変わり、再会のしくみ、構造は今後とも更に探究していくつもりです。オカルトティック、怪しいハナシにならないように、客観的事実のみの積み重ねで探究を続けていくつもりです。)
・今度、息子とまみえたら、一千億倍幸せにしてあげる。
・いつまみえてもいいように、一千億倍幸せにしてあげる力を自分に、つけておく。
・そのためにも、まずは、現在の残された家族、周りの人を一千億倍幸せにしておく。
この考えは、飛躍しすぎであろうか?
しかしながら、息子の死を現在に生かし、息子の喪失感を抱えながらも、現在を前向きに生きていくことにつながる考え方ではないかと思っています。
このように考えると、いつまでも悲しみの世界にうずくまっていることはできなくなります。
そして、それが息子が望んでいる遺されたものの態度の取り方だと思っています。
息子の死に直面した時の態度のふるまいについて、一考に値するのではないかと思っています。
(前提となる生まれ変わり、そして再会の可能性は、このサイトの「次を生きる」メニューの客観的事実と思われる書籍・情報でほぼ確かだと私には思われる。このキモたる生まれ変わり、再会のしくみ、構造は今後とも更に探究していくつもりです。オカルトティック、怪しいハナシにならないように、客観的事実のみの積み重ねで探究を続けていくつもりです。)
・今度、息子とまみえたら、一千億倍幸せにしてあげる。
・いつまみえてもいいように、一千億倍幸せにしてあげる力を自分に、つけておく。
・そのためにも、まずは、現在の残された家族、周りの人を一千億倍幸せにしておく。
この考えは、飛躍しすぎであろうか?
しかしながら、息子の死を現在に生かし、息子の喪失感を抱えながらも、現在を前向きに生きていくことにつながる考え方ではないかと思っています。
このように考えると、いつまでも悲しみの世界にうずくまっていることはできなくなります。
そして、それが息子が望んでいる遺されたものの態度の取り方だと思っています。
息子の死に直面した時の態度のふるまいについて、一考に値するのではないかと思っています。
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シャーマン2
一般人が霊能力を身に付ける方途があるみたいです。
精神にかかわる事柄で、危険をはらみそうなので、自分が挑戦することは、いましばらく差し控えます。
その間、書籍等により理解を深めていきます。
精神にかかわる事柄で、危険をはらみそうなので、自分が挑戦することは、いましばらく差し控えます。
その間、書籍等により理解を深めていきます。
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シャーマン
息子が亡くなってしばらくしてシャーマン(ミーディアム・霊能者)に会いにいったことがあります。
ネットに載っていた方で、誰かの紹介ではありませんでした。
息子の会社の状態・息子の性格を言い当てたのでこの方は、信頼できる人ではないかと思いました。
息子の前世が説明され、いつ亡くなるかというのは決められていた。とのことでした。
2年くらいすると、息子は生まれ変わる。とも言われました。(私の近くではない。とのことでした。)
後日、同じ方にもう一度会いに行きました。
息子のことを聞くと、もう、生まれ変わりの準備に入っていて、それを乱すことになるので、もう聞かない方がいいといわれました。
このシャーマンの方は、小さなときから、霊能があるとのことでしたが、あることが必ずしも幸せとはならず、自分は普通の死に方はできないだろうが、それも宿命と考えている。とのことでした。
ホントのところ、言われたことの真偽はわかりませんが、これからも信頼のおけるシャーマン探しを続け、シャーマンをとおし、息子と会いたいと思っています。
ネットに載っていた方で、誰かの紹介ではありませんでした。
息子の会社の状態・息子の性格を言い当てたのでこの方は、信頼できる人ではないかと思いました。
息子の前世が説明され、いつ亡くなるかというのは決められていた。とのことでした。
2年くらいすると、息子は生まれ変わる。とも言われました。(私の近くではない。とのことでした。)
後日、同じ方にもう一度会いに行きました。
息子のことを聞くと、もう、生まれ変わりの準備に入っていて、それを乱すことになるので、もう聞かない方がいいといわれました。
このシャーマンの方は、小さなときから、霊能があるとのことでしたが、あることが必ずしも幸せとはならず、自分は普通の死に方はできないだろうが、それも宿命と考えている。とのことでした。
ホントのところ、言われたことの真偽はわかりませんが、これからも信頼のおけるシャーマン探しを続け、シャーマンをとおし、息子と会いたいと思っています。
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自分は何をしたいのか
息子が亡くなってすべてが終わってしまった。では、息子も自分も本当に終わってしまう。
それは嫌だ。選択しない。選択する必要がない理由が、妄想ではなく、実際にありそうだ。
もう一度、息子に会って、ごめんな。と言いたい。
もう一度、息子に会って、こんどこそ、一千億倍幸せにしてやるからな。と言いたい。
息子に会える方策を探し続け、必ず、見つけ出す。
過去の悲しみの永遠地獄に埋没することなく、自分はもう一度息子と会うべく、次を生きていく。
それは嫌だ。選択しない。選択する必要がない理由が、妄想ではなく、実際にありそうだ。
もう一度、息子に会って、ごめんな。と言いたい。
もう一度、息子に会って、こんどこそ、一千億倍幸せにしてやるからな。と言いたい。
息子に会える方策を探し続け、必ず、見つけ出す。
過去の悲しみの永遠地獄に埋没することなく、自分はもう一度息子と会うべく、次を生きていく。
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日誌について
自分には、毎日、日誌に綴るだけの熟した中身は無いようです。
こんご、週に数回、月に数回、年に数回の、週誌・月誌・年誌になろうかと思います。
このサイトにご訪問していただている皆様方におかれましても、掲示板などに、今の心境・思いなどを書いていただくなど、このサイトをご活用いただければ。と思う次第です。
こんご、週に数回、月に数回、年に数回の、週誌・月誌・年誌になろうかと思います。
このサイトにご訪問していただている皆様方におかれましても、掲示板などに、今の心境・思いなどを書いていただくなど、このサイトをご活用いただければ。と思う次第です。
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何をしようとしているのか
死んで見えなくなった息子の姿を、決して捜すのを諦めようとはせずに、亡くなった息子のいのちの存在を捜し当てる作業を行い続けます。
「自死遺族の癒しとナラティヴ・アプローチ」の私流のよみとりかたは、
癒しのために、「自らを納得させようとするストーリーの生成」を描くことが必要で、そのための補助線として下記3つがある。
1.癒しの会
2.シャーマンの世界へのアプローチ
3.夢の世界へのアプローチ
私がやろうとしていることは、2番目のシャーマンの世界へのアプローチに力点を置き、「自らを納得させようとするストーリーの生成」を描くことになると思います。
そのため、私にとり、「自らを納得させようとするストーリーの生成」には、シャーマンの世界の解明・実感が必須となるため、今後、客観的事実に基づいたシャーマンの世界の解明の記載がおおくなると思います。
「自死遺族の癒しとナラティヴ・アプローチ」の私流のよみとりかたは、
癒しのために、「自らを納得させようとするストーリーの生成」を描くことが必要で、そのための補助線として下記3つがある。
1.癒しの会
2.シャーマンの世界へのアプローチ
3.夢の世界へのアプローチ
私がやろうとしていることは、2番目のシャーマンの世界へのアプローチに力点を置き、「自らを納得させようとするストーリーの生成」を描くことになると思います。
そのため、私にとり、「自らを納得させようとするストーリーの生成」には、シャーマンの世界の解明・実感が必須となるため、今後、客観的事実に基づいたシャーマンの世界の解明の記載がおおくなると思います。
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「自死遺族の癒しとナラティヴ・アプローチ」の粗読メモ その2
「自死遺族の癒しとナラティヴ・アプローチ」の総合考察・終章を粗読しました。
しかしながら、吉野淳一先生が心血注いで書かれた論文に対し、粗読レベルでの感想を記載するのは礼を失すると思い、精読後、改めて感想を記載致します。
武本昌三元教授が行った作業、それに同感し、同様に私が行おうとしている作業
『 「愛する家族のいのちを失ったのであれば、そのいのちを、 取り戻せばよい。 それしか、絶望と悲嘆から逃れるすべはない。
・・・・・
いままで一緒にいたわが子が急に迷子になったら、 母親や父親はどうするか。 必死になって捜すであろう。 千里はおろか、
万里の道を歩きまわっても、 捜しつづけるであろう。 決して捜すのを諦めようとはしないであろう。 「死んで」姿が見えなくなった場合も、同じである。なぜ諦めねばならないのか。 ・・・」
「救われたい一心で、迷信にすがるのは論外である。」との信念のもと、決して捜すのを諦めようとはせず、客観的事実の積み重ねだけをたよりに、亡くなった息子のいのちの存在を捜し当て、それを実感していく』
「自死遺族の癒しとナラティヴ・アプローチ」を読むことにより、上記作業の、臨床心理学上の位置づけを理解できた気がしています。
しかしながら、吉野淳一先生が心血注いで書かれた論文に対し、粗読レベルでの感想を記載するのは礼を失すると思い、精読後、改めて感想を記載致します。
武本昌三元教授が行った作業、それに同感し、同様に私が行おうとしている作業
『 「愛する家族のいのちを失ったのであれば、そのいのちを、 取り戻せばよい。 それしか、絶望と悲嘆から逃れるすべはない。
・・・・・
いままで一緒にいたわが子が急に迷子になったら、 母親や父親はどうするか。 必死になって捜すであろう。 千里はおろか、
万里の道を歩きまわっても、 捜しつづけるであろう。 決して捜すのを諦めようとはしないであろう。 「死んで」姿が見えなくなった場合も、同じである。なぜ諦めねばならないのか。 ・・・」
「救われたい一心で、迷信にすがるのは論外である。」との信念のもと、決して捜すのを諦めようとはせず、客観的事実の積み重ねだけをたよりに、亡くなった息子のいのちの存在を捜し当て、それを実感していく』
「自死遺族の癒しとナラティヴ・アプローチ」を読むことにより、上記作業の、臨床心理学上の位置づけを理解できた気がしています。
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「自死遺族の癒しとナラティヴ・アプローチ」の粗読メモ その1
「自死遺族の癒しとナラティヴ・アプローチ」吉野淳一著 の粗読をしました。
(今日のところは時間切れで、総合考察・終章のぺージは読み残しています)
以下、断片的なメモです。
・正統派の臨床心理学者の論文であり、一般人にとっては部分的には固く、読みづらいところがあるのは仕方がないのだろう。
・本書を貫く「社会構成主義・ナラティブアプローチ」の概念の理解は、いましばらく時間を要します。
・「癒しの会」(自死遺族の集まり)の意義は、同じ環境にある方々の集団に入ることにより、集団の中での自分の位置を感得でき、
そのことが、心理的安定感をもたらすように思いました。
・「自らを納得させようとするストーリーの生成」によりその遺族の心が安定し、次に生きる力を得る(※青字は管理人の追加箇所)。
との主張は同感でした。
・「自らを納得させようとするストーリーの生成」の文脈でのシャーマンの取り扱いも同感です。
シャーマンの媒介により、死後世界にいる亡くなった方と対話が成立し、死後世界にいる亡くなった方と関係を継続していける実感を
持つことはまさに、「自らを納得させようとするストーリーの生成」になると思います。
(遺族の方で希望される方は、有能なシャーマンとの対面をどしどし行える仕組みがあってもいいのではないか。とも思われました。)
※信頼がおける有能なシャーマンをさがすにはどうしたらいいものなのでしょうか。
・「自らを納得させようとするストーリーの生成」の文脈での「夢」の取り扱いを興味をもって読みました。
社会構成主義でいうところの新たな「現実」を創造する。
自死者との関係を再び蘇らせる。
死によってメンバーシップ(家族の成員)が解消される必要はない。
夢は貴重な再開の空間・思いを直接にぶつけられる空間。
※ある著書によると、夢は、幽体離脱して異界にいる状態という説もあるみたいで、もし、それが本当だとしたら、まさに、夢の中では、
自死者との関係を再び蘇らせ、死によってメンバーシップ(家族の成員)が解消されていない状態を実感できていることになるのかも
しれません。
(今日のところは時間切れで、総合考察・終章のぺージは読み残しています)
以下、断片的なメモです。
・正統派の臨床心理学者の論文であり、一般人にとっては部分的には固く、読みづらいところがあるのは仕方がないのだろう。
・本書を貫く「社会構成主義・ナラティブアプローチ」の概念の理解は、いましばらく時間を要します。
・「癒しの会」(自死遺族の集まり)の意義は、同じ環境にある方々の集団に入ることにより、集団の中での自分の位置を感得でき、
そのことが、心理的安定感をもたらすように思いました。
・「自らを納得させようとするストーリーの生成」によりその遺族の心が安定し、次に生きる力を得る(※青字は管理人の追加箇所)。
との主張は同感でした。
・「自らを納得させようとするストーリーの生成」の文脈でのシャーマンの取り扱いも同感です。
シャーマンの媒介により、死後世界にいる亡くなった方と対話が成立し、死後世界にいる亡くなった方と関係を継続していける実感を
持つことはまさに、「自らを納得させようとするストーリーの生成」になると思います。
(遺族の方で希望される方は、有能なシャーマンとの対面をどしどし行える仕組みがあってもいいのではないか。とも思われました。)
※信頼がおける有能なシャーマンをさがすにはどうしたらいいものなのでしょうか。
・「自らを納得させようとするストーリーの生成」の文脈での「夢」の取り扱いを興味をもって読みました。
社会構成主義でいうところの新たな「現実」を創造する。
自死者との関係を再び蘇らせる。
死によってメンバーシップ(家族の成員)が解消される必要はない。
夢は貴重な再開の空間・思いを直接にぶつけられる空間。
※ある著書によると、夢は、幽体離脱して異界にいる状態という説もあるみたいで、もし、それが本当だとしたら、まさに、夢の中では、
自死者との関係を再び蘇らせ、死によってメンバーシップ(家族の成員)が解消されていない状態を実感できていることになるのかも
しれません。
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今日の一日
会社までの通勤途中は亡くなった息子のことで気持ちが一杯です。
会社で仕事を始めると、仕事へきもちが向きます。
仕事が終わり、帰宅途中は、また、息子のことで気持ちが一杯になります。
くるしかったんだろうな、さみしかったんだろうな、きがついてやれなくて、ごめんな、と涙ぐんでしまいます。
でも、最後は「もういっかい、いっしょにかぞくをやろうな。はやくうまれかわってこい!こんどこそ、一千億倍幸せにしてやるからな」と、涙をおわらせています。
こんな繰り返しが毎日つづいています。
仕事があり、外へ出るので、気分が転換できます。
仕事が無いと、自宅から出ずに、一日中、息子のことで気持ちが一杯になり、自分自身が危うい状態に陥りそうです。
少なくとも半日は、外出して、人混みにまぎれ、気分転換することは大事なことだと思っています。
会社で仕事を始めると、仕事へきもちが向きます。
仕事が終わり、帰宅途中は、また、息子のことで気持ちが一杯になります。
くるしかったんだろうな、さみしかったんだろうな、きがついてやれなくて、ごめんな、と涙ぐんでしまいます。
でも、最後は「もういっかい、いっしょにかぞくをやろうな。はやくうまれかわってこい!こんどこそ、一千億倍幸せにしてやるからな」と、涙をおわらせています。
こんな繰り返しが毎日つづいています。
仕事があり、外へ出るので、気分が転換できます。
仕事が無いと、自宅から出ずに、一日中、息子のことで気持ちが一杯になり、自分自身が危うい状態に陥りそうです。
少なくとも半日は、外出して、人混みにまぎれ、気分転換することは大事なことだと思っています。
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はじめに
ホームページを開きます。
そんなホームページ管理者の日々の考え方の変化を記載していきます。
偉そうに記載、考えていることと、実生活での態度のとりかたの差が出てくるとおもいますが自分の記録として、また、見られる方々に何らかの参考になればと思い、出来る限り日誌を書いていこうと思います。
今日も亡くなった息子のことを思い、4-5回泣いてしまいました。
泣き、悲しんだ後、「生き返ってこい!こんどは一千億倍幸せにしてやるぞ!」と悲しみを終わらせます。
こんなことを一生、繰り返し、繰り返し、続けるのだと思います。
60歳代ですが、イマイチ、蓄えに自信がないので、いまだ、働いています。
読書できるのは帰宅後、1時間くらいなので、読むべき本の読書があまり進まないため、はがゆい感じをしています。が、がんばります。
そんなホームページ管理者の日々の考え方の変化を記載していきます。
偉そうに記載、考えていることと、実生活での態度のとりかたの差が出てくるとおもいますが自分の記録として、また、見られる方々に何らかの参考になればと思い、出来る限り日誌を書いていこうと思います。
今日も亡くなった息子のことを思い、4-5回泣いてしまいました。
泣き、悲しんだ後、「生き返ってこい!こんどは一千億倍幸せにしてやるぞ!」と悲しみを終わらせます。
こんなことを一生、繰り返し、繰り返し、続けるのだと思います。
60歳代ですが、イマイチ、蓄えに自信がないので、いまだ、働いています。
読書できるのは帰宅後、1時間くらいなので、読むべき本の読書があまり進まないため、はがゆい感じをしています。が、がんばります。
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