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「自死遺族の癒しとナラティヴ・アプローチ」の粗読メモ その2

「自死遺族の癒しとナラティヴ・アプローチ」の総合考察・終章を粗読しました。
しかしながら、吉野淳一先生が心血注いで書かれた論文に対し、粗読レベルでの感想を記載するのは礼を失すると思い、精読後、改めて感想を記載致します。

武本昌三元教授が行った作業、それに同感し、同様に私が行おうとしている作業

『 「愛する家族のいのちを失ったのであれば、そのいのちを、 取り戻せばよい。 それしか、絶望と悲嘆から逃れるすべはない。
 ・・・・・
 いままで一緒にいたわが子が急に迷子になったら、 母親や父親はどうするか。 必死になって捜すであろう。 千里はおろか、
 万里の道を歩きまわっても、 捜しつづけるであろう。 決して捜すのを諦めようとはしないであろう。 「死んで」姿が見えなくなった場合も、同じである。なぜ諦めねばならないのか。 ・・・」
「救われたい一心で、迷信にすがるのは論外である。」との信念のもと、決して捜すのを諦めようとはせず、客観的事実の積み重ねだけをたよりに、亡くなった息子のいのちの存在を捜し当て、それを実感していく』

「自死遺族の癒しとナラティヴ・アプローチ」を読むことにより、上記作業の、臨床心理学上の位置づけを理解できた気がしています。
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